2019/03/03

Rie’s Episode:8

セニョーラヒロコが天国へ旅立って今度の夏で5年目・・・。
ここへきてようやく表現できるような気持ちになりました。
すべてのことは書ききれないでしょうが、最期の時に向かった日々のことを綴ってみたいと思います。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2014年の夏、母が亡くなりました。
 
兄と私、2人の子供を1人で育ててくれた母。
その時代の「離婚」は今よりもっと大変なものだったと思います。
 
癌が発覚して余命1年と知らされ・・・そこで母の選択していった「終わりに向かう生」は彼女らしいものでした。
がんの種類、ステージ、治療法についてを確認した上で、治療はせず緩和ケアを中心にしていく方向で残りの人生を決めました。
母の意向を汲んで、ネットで探して偶然みつけた丘の上にある素敵なホスピス。
まるでヨーロッパのホテルのような造りはメキシコのリゾートホテルを思い出させてくれました。
初めて見学を担当してくれたソーシャルワーカーの方とも運命の出会いのような縁を感じ、この病院の理念と母の思いは一致したものだったので、迷う事なくこのホスピスにお世話になることを決め手続きをしました。
(ここは「縁と運があって実現する」というような・・入るのが難しいということはずいぶん後になってから知りました)
 
 
 
 
 
とにかく、このホスピスへの診察を確保するには、大学病院で検査をして「癌である診断書」をもらわなければなりませんでした。
私はというと・・既に決定していた個展のために、表面上は変わらず冷静に作品制作するなかで、あらゆる検査に付き添う時間を捻出し、この現実に向き合うことに必死でした。
癌だと診断するためにあれほど様々な種類の検査をやらなければならない、ということも初めて知りました。
レントゲンをはじめ、CTやMRIでほとんど確実にガンだとわかっているのに、日本の医療はさらにペット検査などを強いてきます。
「ペット検査」というもの自体も初めて知り、「放射能を飲む」という事実に驚きました。
また、「細胞芯を取る」という、検査をすることで死ぬかもしれないことがあるものですら大学病院側は「当然のこと」のように、署名捺印が必要な”もし検査中に死んでも文句言いません書類”(苦笑)が渡され、どんどん事務的に進められていきます。
限られた時間の中で、母にとって何がいちばん大切なのかを判断すること。
それは、”現代日本医療の仕組み”という現実に対して、言われるままに病院や医師が示すレールに乗るのではなく、常に意識をクリアにして、目には見えない大事なことを感じとって「その時の最善を決断していく」ことの連続でした。
最終的な「細胞芯を採るための検査入院」は、本当に気が進まないものでした。
当日の朝、署名捺印の書類を前にして母と二人して悩みに悩んでいました。
気が重く、どうにも嫌な予感がぬぐえないでいました。そこで「ちょっとラジオでもつけよう!」と、スイッチを入れた途端に「嫌なことはやらなくていいのです」という瀬戸内寂聴さんの言葉がラジオから流れてきたのです。
これを聞いて2人して笑ってしまい、「そうだよね!」とスッキリと判断することに。
こうして土壇場でキャンセルして(苦笑)、ようやく担当医にホスピスに入るための診断書と必要書類を書いてもらう方向へこぎつけたのでした。
 
 
 
 
 
 
そして、母は1週間に一度の「ホスピス外来」へ1人で通う、という日常が始まりました。
元気なうちからホスピス外来をキープできたことは最善の流れでした。
穏やかに普段の日常生活の中にこの通院が加わった、ということならよかったのですが・・・この前の年(まだ癌が発覚する前)、突然兄が2世帯住居を建てると言い出しました。
住み慣れた家から引っ越さなければならなくなり、癌を抱えながら荷物を整理することに・・・。
母はまるで自分で自分の遺品整理をするようなことになっていきました。
兄は兄の思いで母へ新しい家を建てたかったのでしょうが・・・結局、この引っ越し作業が体調悪化の引き金になったのでした。
新しい家へ引っ越した翌日、母は起き上がれなくなり・・・1週間後には緊急入院することになってしまったのでした。
 
 
 
 
 
 
その後、一時退院できるまで体力が回復したのですが、酸素吸入の機械が必要になってしまったので新しい家だと難しいことが多く、どこで療養したいのか母の本心を訊ねました。そして、母の希望でこのアトリエにベッドを入れることになりました。
病状が悪化してからホスピスに本格入院するまでは、結果的には約3ヶ月という短い時間でしたが・・・ほぼ私一人で在宅看護することになりました。
途中、足の骨に転移してしまったことがわかり、車椅子がくるまでは抱きかかえての移動など・・・部屋の中だけとはいえ、24時間ずっと神経をはりつめた状態を経験しました。
また、わけがわからない誤解が生じて兄と心が通わない状況だったため、つらく残念なこともたくさんあり、これ以上ない緊張感のなかで過ごした時間でした。
 
この時期は、母の体調の変化をみては、毎日が命にかかわる「何をどう選択するか?」でした。
そうした窮地に追い込まれると妙に冷静になる自分がいて、ひとつひとつのことを乗り越えていきました。
それは今思えば、閉じていた霊的感受性を全開にして、見えない世界からのメッセージを受け取り選択していく、という姿勢でした。
誰にも訊ねることができない時、「偶然」と思われるような出来事の中で「必要な答え」が得られるものなのです。
あらゆることに目を向け、感覚を研ぎ澄まして過ごしていると、シンクロニシティは日常生活の中にあふれていることに私は気づきました。
そして限られた時間の中で、母が会いたいと思う母の友人の方々に、どういう順番で来てもらうか?
母の本心はどうなのか?それを読み、母の言っていることと本心とを見抜いていくことを無意識のうちにしている自分がいました。
 
 
 
 
 
 
例えば、母から「彼女には心配をかけたくないので伝えないで」と言われていたものの、その言葉に違和感を感じ、母には内緒で40年来付き合いである姉妹のような大切なメキシコ人の友人に連絡したのでした。
日本まで会いに来てくれた彼女と病室で再会しハグした場面はまるで映画のようでした。
 
そして。版画家・今井俊さんのメキシコのマリア様が描かれた作品を母に見せたくて、俊さんに連絡を取りお願いしてみたら、みちるさんと一緒にご夫婦で房総からはるばる持って来て下さったこと。 
大きな屏風に描かれた版画作品が飾られた病室は1日だけのギャラリーになり、看護婦さんたちも入れ替わり立ち代わり母の病室へ版画を観にきてくれたりしました。
この時、ちょうど同じタイミングでメキシコから来ていた先述の友人と俊さん・みちるさん夫妻を引き合わせることにもなり、思いがけずメキシコ話で盛り上がる時間にもなったのでした。
 
また、こんなこともありました。今は日本フィルハーモニーの理事になられた後藤悠仁さんが、当時はまだ現役ヴィオラ奏者だったので、親しかった奥さんの文子さんに無理を承知でお願いしたら、快く快諾してくださり・・・ホスピスのサロンでミニ演奏会を催すことができたのです。
ヴィオラ演奏を他の患者さんと共に素敵な時間を過ごせたこと・・・。
 
ホスピス入院中、こうして関わってくれた方々のご好意で、たくさんの貴重なキラキラした時間を過ごすことができました。
(皆さんには本当に感謝しています。ありがとうございました)
 
早すぎず、遅すぎない。すべてにおいてタイミングをつかんで迷わず行動を起こしていきました。
その当時、ソーシャルワーカー室長の方に「りえさん、全てタイミングの掴み方が完璧なの。どうして?」と真剣に質問され、答えに困ったこともありましたが・・・(泣笑)
しかしこうしたことも、私自身が持っている質を無意識のうちに生かしていたからだったと今ならわかるのです。
 
 
 
 
又、命を終えていく人間が変化していく「鋭敏となった感覚」を目の当たりにしていく経験でもありました。
人はタイムリミットが近づいてくると、それこそ閉じていた感覚を開くのでしょうか・・・。
動けなくなってゆく肉体に反して意識がどこまで広がるのか、すべてを見通しているのでは?と思うような母の発言にはハッとさせられる日々でした。
そうした状態は自分がその時になってみないとわかりませんが、この時母が発言したことは兄嫁についてでした。
とても複雑な性質を持つ彼女には、兄と結婚後ずっと混乱させられることが多くありました。
感覚が鋭敏になっている母が話す兄嫁についてのことはとても重要なことでした。もし、それが本当なら全てがひっくり返ってしまうほどのことです。今はまだ何もわかりませんが・・・そのうちに真実を知る時が来るように思えます。
 
 
 
 

 
 
 
そしてー
母がこの世を旅立っていくときに起きたこと。葬儀の間に起きた不思議な出来事、葬儀を終えてもなお日々感じる母の気配。
それは紛れもなく、肉体のなくなりつつある母と、肉体から抜け出した後の母が采配しているという感覚でした。
 
 
旅立つ前日。
病室で母の好きな緑茶を淹れようとしたら、缶から急須に入れるには最後の1杯となってしまいました。
その時、一瞬妙な予感が胸をよぎる感覚があったのですが、「家に帰ればまだストックはあるのだから大丈夫。」と自分に言い聞かせながら母にもそう伝えたのを覚えています。
 
そしてこの日は、ボランティアで不定期に尼僧さんが来るということで、看護婦さんから「お話されたい方は時間になったらサロンへ行かれてみてくださいね」と言われてました。
その時、私は兄と心が通わなかった状態が苦しく、母がそのことで成仏できなかったらどうしよう?という思いでいっぱいいっぱいで、そんな話をちょっとだけでも吐き出せたらと・・時間を少しずらして行ってみました。
ちょうど、誰もいなくなっていたので落ち着いて話をすることができました。
尼僧さんから「あとでお部屋へ行って、お母様とお会いしていいですか?」と言われ、「ぜひ」と答えました。
夕食を終えてしばらくした頃、その尼僧さんが来てくれました。そして、母と会ってびっくりしているのです。
「以前にもお会いしましたね・・。縁があったのですね」と。
どうやら、母が元気に一人でホスピス外来へ通院していた時に一度会っていたのでした。ホスピスで2回会う人は初めてのことのようでした。(それはそうですね・・ホスピスですから・・・)
この時、部屋にはメキシコのものをたくさん飾っていました。それを見て、尼僧さんから色々な質問されメキシコの話になり、本来の母の姿に戻ったのです。
そしてこの時、尼僧さんから「コンドルは飛んでゆく」をオカリナで吹いてくれるというサプライズがあり、演奏のクライマックスでソファーに座っている母が両手を上げてコンドルが羽ばたく動きをしたのでした。
すでに身体を動かすことは難しかった状態だったはずなのに・・と私はびっくりしていました。
その翌日、昏睡状態になったのでした。
今思えば・・・それは母の魂が俗世から解き放たれた瞬間だったのでは、と感じています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この時、私はすでに看病疲れで母の主治医からドクターストップがかかっている状態でした。
この数日前の朝、病院へ向かう途中、車の運転中に危ない思いをしたばかりでした。
そんなことは知らないはずなのに、その夜自宅に帰ろうとする私に向かって母は「明日は起きれないかもしれないから、りえ・・・運転くれぐれも気をつけてゆっくり来てね」と言うのです。
続けて「クイクイはかわいそうね。ずっとお留守番だから・・」とも・・・。
このホスピスにはペットを連れて来てもよかったのですが、クイクイにとっては知らない人がたくさん出入りする病室に長時間いるのはストレスになるだろうと、連れてくるのは控えていました。
その時は、帰る支度をしていたので何気なく聞き流してしまったのですが、「妙なこと言うなぁ・・・」と思ったことも覚えています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
そして、旅立ちの日。
 
朝、病院から電話がかかってきました。
「もう危ない状態なので、すぐに来てください。りえさんは今夜泊まる手続きをされて下さい」ということでした。
病院に会いにきた親戚が夕方になって全員帰って行き、偶然の流れで甥と2人になりました。
甥も帰ろうとしたのですが、なぜか兄が甥の車のキーを持ったまま叔母を送りに行ってしまったため帰るに帰れず、昏睡状態の母のそばで甥と一緒に過ごす思いがけない時間になりました。
兄一家と誤解が生じていてギクシャクしていた関係だったので、それまで甥ともあまり話ができていなかったのですが、不思議と緩やかな空気が流れて自然にいろいろと話ができたのです。それは、まるで母が私の中へ入って話しているような感覚でした。
話す内容も甥に対してにしかわからないもので、「ヒロコさんはそう言ってたよ」と甥に言いながら、私は心の中で「え?そんなこと言ってたかな?」と思いながらも会話が止まらないのです。
甥は甥で言われたことに対する自分の本音を吐き出し、それを聞いてまた私が答える、というものでした。母と甥は本当に気が合う仲の良い関係だったので、母の心残りは孫である彼に対して話した内容そのものだったと思うのです。2人で話すべきことを全て話終えた時、兄が病室へ戻ってきました。
 
兄と甥はこのまま病室にいるのかと思っていたのですが、2人は帰ると言います。
「ん?」と思いつつも何も言えず、止めることはできませんでした。
 
しかし、兄と甥が帰って行ってすぐ容態が急変し、看護婦さんに「お兄さんを呼び戻してください」と言われ、すぐ携帯に連絡したのです。2人が戻って来る間、なんとなく私は「まったく、わかってないわね~!」という母の意識を感じていました。(苦笑)
私はその後すぐ、いちばんの親友に電話をして、クイクイのことをお願いしていました。
戻ってきた兄と甥は看護婦さんに言われて母の手足をさすっていました。
「ああ、お母さんが見送って欲しかったのはこの2人だったんだな・・」と思いながら、私は電話をしていた状態だったので、私の親友もクイクイも看取りに立ち会っているような状況でした。
この間のことは私にはスローモーションのように見えていたことをよく覚えています。
「あぁ・・・、お母さんはクイクイを一晩お留守番させることにならなようにしてくれたんだな・・・」とも思いました。
そして、そのまま母は息を引き取りました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
この夜、母は兄が建てた新しい家へ帰って行くことになりました。
私は病室にあるものを全部引き上げるため、本来なら真夜中に1人で辛い荷造りをしなければならないところでした。ですが、甥がいてくれたおかげで手伝ってもらえ早く終えることができたのです。2人して穏やかに会話しながら、重い荷物は持ってもらえたり、2台の車に分けて運ぶことができたので、全ての荷物を一度に持ち帰ることができたのでした。
前を走る甥の車を見ながら「あぁ、これもセニョーラの計らいだな・・・」と、思いました。
それは、初めてホスピスに見学に行った時、私が母に「お母さんが死んだら、この道を私は一人で運転して帰るの嫌だな~」と言ったのです。
その会話は入院してからリアルに迫ってきていたので、母の病室から帰るたびに運転しながら思い出していたのでした。
でも、甥がいて前を走っていてくれる・・こうした流れを心の中でかみしめながら、看取ってすぐの真夜中の運転でも落ち着いた気持ちで帰途へ着くことができました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
葬儀は、あれだけ意思疎通できなかった兄が元の兄へ戻ったことから始まりました。
親類一同が集まり、兄が葬儀についての連絡事項を話している時に、少し離れた場所で兄嫁がいつもの如く変な言動をしました。突然大きな声で叫ぶ感じになるので、みんなびっくりして一斉に兄嫁の方を注目することになり、話は中断されてしまうのです。
 
(これは、数十年に及ぶいつものパターンで・・・いつしか誰もそのことで注意する人はいなくなっていました)
 
しかしその時、兄がすかさず叱ったのです。何十年ぶりの出来事でしょう・・・?
兄嫁は押し黙り、静かになりました。それから葬儀までの間、母のいる3階の新居に姿をあらわすことはありませんでした。
そこから、以前のように普通に兄妹の会話ができるようになり、何よりも驚いたのは、葬儀社の方との打ち合わせの中で兄が「喪主である私の隣は妹にしてください」とはっきりと告げたことでした。
通夜、告別式と私は兄の隣で過ごすことになりました。当然、夫婦に間違われる場合もあったのですが、顔がそっくりなので(笑)・・・「いえ、兄妹です」と、葬儀に来てくださった方々へスムーズにご挨拶することができたのです。
こうして、葬儀の間ずっと兄と共に動き、話すべき人と話すようになっていたり、その逆もあったり。
それを母が嬉しそうに斜め上の方から見ている様子を感じてました。
葬儀には、近所の方々をはじめ兄の仕事関係の人が予想以上にたくさん来てくださったので、兄嫁の言動が他人に及ぼさないよう、母は兄を守ったんだな・・とあとになって気づきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
告別式を終え、焼き場での不思議な出来事もありました。
待つ間に用意されたテーブルで、通夜・告別式にお経を上げてくれた若いお坊さんと席が一緒になりました。
「実は、お伝えしたいことがあったのです」と、話しかけられました。
一体なんのことだろう?と思って話を伺うと・・・お通夜の時に時計を忘れてしまったことに途中で気づいて困ったということでした。予想以上の参列者に、お経を上げながら背後で様子を窺いつついると、目の前にある母の腕時計に気づいたというのです。
それは、母が身につけていたメキシコ銀細工ベルトの腕時計をお供え物の横にそっと置いたものでした。
その時計が動いていることを確認してお経を調整することができて事なきを得たと、「お母様に助けられました」と若いお坊さんは話しました。
そんなこともあるのかと、でもセニョーラらしいエピソードだなと笑ったのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こうして、看取るまでの怒涛の日々と、葬儀をすべて終えるまでのことは今思い返しても本当にあっという間でした。
いまでも不思議に思う出来事がフッと甦る時があります。
身内を亡くした人と話すと共通することもあるので、どれも本当に起きたことなのだと。
それは、きっと自分が死ぬ時になってわかることなのでしょう。
 
私はなんだかそれを楽しみにしているような気がしています。
 
 
 
 
 
 
 
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おいらはずっとお留守番にゃったけど
ずっとセニョーラヒロコのエネルギーを感じていたニャ☆
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2019/03/01

~彫金体験ワークショップ~

 

~彫金体験ワークショップを開催します~

 

 

 

銀鈑を糸鋸で切ったり、ヤスリで削ったり、

タガネで模様をつけることを体験しながら、

ペンダント又はリングを創作します。

ロー付など難しいバーナーワークは見学することができます。

完成した作品はお持ち帰り頂けます。

もちろん、リピーターの方大歓迎

違うデザインのチャレンジや大切な方へのプレゼントにも♪

どうぞお気軽にご参加ください

 

 

 


 

[ Atelier Simpatica*Silver jewelry Work Shop]

 

・ご希望日時を各前日18:00までに予約してください

・予約可能日:3月のオープンアトリエ期間内 ・3/30(土)②開催決定:残席あり

        

・時間:①10:00~13:00

      ②14:30~17:30

・所要時間:約3h 

・作品コース:[ペンダントコース] or [リングコース] 

・講習料:¥7,500- (*リピーターの方¥1,000引き)

・材料費+工具使用料:¥1,500  (リングサイズ#15以上は別途)

・定員:各日4名 (小学5年生以上可)

・持ち物:鉛筆・エプロン・ハンドタオル・飲み物(水分補給各自で)

・申し込み先:Atelier Simpatica 

・申込方法:メールまたはTEL(090-3690-3239) 

・注意事項:要予約:希望日時とコースを予約時にお知らせください

 

 

 

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(↑画像は、小学6年生の男の子の制作風景)

 

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~参加者の作品&制作風景~

 

 

 

 

 

 

 

                           

 

 

 

 

 

***

 

 

銀の材料は、通常私が作品にしているSV950という純度の高いものを使います。

ペンダントのバチカン(チェーンを通す部分)や必要となるパーツ制作はサポートします。

彫金工具すべてお貸しいたします。

*タガネは作家にとって特別な工具になりますが、こちらもお使い頂けます。(*模様を打ち出す工具)

ご自分で創作する・その作品を身につける、という楽しみを満喫してもらえたらと思います。

モノ創りする集中力は、脳を瞑想状態にするとも言われています。

日常生活とは違った1日を過ごして、どうぞスッキリする感覚を体感してみてくださいね♪

 

 

***

 

 

 

 

 

彫金道具に詳しいオイラもアシスタントで待機するニャ♪

わからないことがあればニャんなりと訊いてくれニャ

作品が出来上がる喜びをぜひ体験してもらいたいもんだニャ~

 

by/クイクイルコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019/03/01

3月*Open Atelier スケジュール

¡ Llega la primavera !

 

 

 

 

 

今年は雪が少なくてホッとします

このまま春になるのかな~

 

春物のショールやスカーフに

ピエロのようなデザインのハットピンはいかが?

軽~く身につければ

きっと気分がウキウキしてきます♪

 

 

ジュエリー作家 吉田りえ

 

 

***

 

 

[Open Atelier * Marzo de 2019]

 

 

~ジュエリー作品のギャラリーをオープンしています~

展示作品をご購入頂けます

 

 

[予約可能日]

 

[前期] 3/7(木)予約済・8(金)・9(土)PM・10(日)・11(月)・12(火) 終了

[中期] 16(土)PM・17(日)・18(月)・21(祝木)予約済・22(金) 終了

[後期]  23(土)PM・24(日)PM予約済・26(火)・29(金)・30(土)PM予約済WS

 

[AM]10:30~13:00

[PM]14:00~19:00

 

~ご希望の日時を前日までにご予約ください~

 

***

 

 

お一人お一人との時間を大切に考えて 

ご来場は「完全予約制」とさせて頂いております


ご希望の日時をcontactよりメール又は、電話で前日までにご予約ください

 

どうぞ、よろしくお願いいたします

 

 

***

 

 

 

~Menu:1~

 

[Order Jewelry]

 

~期間中オーダージュエリーのご相談を承ります~


*ルース(裸石)をセレクトして制作
  *お持ちのルースから制作
  *使わなくなったジュエリーからのリフォームオーダー
                     ・・・etc

 

オーダー受注制作について

シルバージュエリーのお手入れについて

 

 

 

 

 

~Menu:2~

 

[彫金体験ワークショップ]

 

銀鈑を糸鋸で切ったり、ヤスリで削ったり、

タガネで模様をつけることを体験しながら、

ペンダント又はリングを創作します。

ロー付など難しいバーナーワークは見学することができます。

完成した作品はお持ち帰り頂けます

 

詳細コチラ

[ Atelier Simpatica*Silver jewelry Making Work Shop]

 

 

 

 

 

 

~Menu:3~

 

[Rie’s エリキシル セッション]

 

閲覧希望の方にはパスワードをお知らせします

メールでお問い合わせください

[Rie’s Elixir Session]

 

3回目以上の方、予約可能日以外も受け付けます

お気軽にお問い合わせください

 

《5月以降、新規の方は紹介制とさせて頂くことを考えております》

 

 

 

 

 

Menu:Otra~

 

ご自身の「生命の樹」を知りたい方は「Otra Simpatica」へ

アクセスするにはパスワードが必要です

ご希望の方はメールでお問い合わせください

 

「生命の樹」については Rie’s Episode:4をご覧ください

 

 

[Reading of Runes]

◇ルーンリーディング→詳細はコチラ

 

 

 

 

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だんだん暖かくなってきて

体をニョばして

ヨガするにはいい季節だニャ~♪

 

by/クイクイルコ