2016/09/22

Rie’s Episode:4

~[Otra Simpatica]について~

 

 

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これは樹齢2000年と言われる巨木「トゥーレの木」。メキシコのオアハカ地方にあります。

 

昨年の一周忌に、ミトラ遺跡へセニョーラヒロコの遺言を果たしに行った時、久しぶりにこの木に会ってきました。

近くに水源はないのにもかかわらず、2000年以上生きているという不思議な木・・・。

そのため、トゥーレの木は「生命の樹」とも呼ばれています。

 

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地元の人の言い伝えでは、同じ敷地内に教会があることで聖なる土地であるとされ、この地下深くには聖なる水が湧いている、と言われています。

(教会と比べてみると大きさがわかります)

 

メキシコで「生命の樹」のオブジェは、昔は儀式用多色陶器として創られたようですが、現在ではポピュラーなお土産モノとしても売られていています。
(かの岡本太郎さんもお持ちで、アトリエだった青山の記念館にも大きなものが飾られています。あの”太陽の塔”の内部には「生命の樹」がありますね~)

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「あぁ、オブジェ買ってくればよかったな・・・」と、帰国後なんとなくネットで色々とみているうちに知った、「生命の樹」の図形。

そこから偶然、”伝統カバラ・生命の樹”研究家・Kさんと出会いました。

 

 

 

 

 

この図形からわかること。

それは、自分自身で決めてきた人生の地図(青写真)「ブループリント」だといいます。

こうして、私は自分の「生命の樹」を知ることに・・・。

頭で理解する、というよりストンと自分の中へ落ちた感覚。

改めて、自分自身を再確認したのでした。

 

***

 

昨年、セニョーラヒロコの遺品整理をしていて出てきた「マヤ暦」。

 

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 どうやら、最後のメキシコ旅行の時、CECIJEMAというセンターへ依頼して、彼女自身のものと私のマヤ・カレンダーを作ってもらったようです。

(住所をみるとユカタン半島なので、たぶんどこかのマヤ遺跡の近くにあるのでしょう)

当時、旅行から帰ってきた時にきっと手渡してくれたのだと思うのですが、他にもたくさんあったお土産に埋もれていたのか・・・

まったく記憶になくて~!(・・・ごめんね、お母さん!泣笑)

見つけたときは本当にびっくりしました。

 

詳しいことを訊きたくても、もうそれは叶わない・・・。

 

ですが。

セニョーラヒロコが集めた本がたくさんあることに気づきました。

 

 

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読み解く鍵は残されていました。

 

***

 

そして、2016年。セニョーラヒロコ三回忌の命日。

房総半島に住む、芸術家ご夫妻の今井俊さん、みちるさんと一緒に過ごしました。

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翌朝、3人で海辺を散歩していたら、空に大きなケッツァールが飛んでいました。

その雲は流れることなく、しばらくの間ずっとカタチをとどめていて。

セニョーラヒロコが「ここにいるよ!」と合図しているような気がしました。

(*ケッツァール:中南米のジャングルに棲む世界一美しいといわれる鳥)

 

ご夫妻は、かつて1970年代にメキシコへ渡り、その後アメリカに移住。

その間、幾度となくメキシコ各地の村々を訪れていたということで、先住民族の文化・歴史・風習を深く知る方たちです。

 

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マヤ先住民独特の世界を版画や造形作品にされていて、絵本を何冊も出されています。

 

セニョーラヒロコも同じ時代のメキシコを旅していたということで、生前は会うたびにメキシコやマヤ文明の話が尽きないものでした。

この日も色んな話が尽きず、そのうちにカバラ・「生命の樹」の話となり・・・

そして、このタイミングで知った「マヤの生命の樹」。

 

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”マヤの生命の樹”は「セイバの木」だと言われている、ということ。

お2人はいつも大切なことをさりげなく、惜しみなく教えてくれるのです。

俊さんに教えてもらったある本を探して読んでみれば・・・

それは、古代マヤ先住民族に伝わるシャーマンの儀式やマヤ暦について書かれているものでした。

読み進めるうちに、遥か彼方にあった記憶が甦りました。

 

~1995年、ある雑誌とテレビ番組の共同企画で、何故か行けることになったグアテマラでの出来事~です。

テレビの撮影ということで、普通なら行けない場所へ行ったり、できないことを経験しました。

例えば、ティカル遺跡にテントを張って一晩過ごしたこと。

例えば、マヤの女性シャーマンから儀式を受けたこと。そこで起きた不思議な現象。

はたまた、馬に2時間も乗って行った、グアテマラの奥深い森で一晩キャンプしたこと。

さらに森の奥にある洞窟へ行き、そこで儀式跡をみつけたり、古代人が描いた壁画を実際に見たこと。(*その壁画は紀元前のものだった、と後に判明)

他にも色々なめずらしい体験をしました。

その中で思い出したのは、そのジャングルには鋭い棘で覆われた「若いセイバの木」が多く存在していたこと、でした。

実際に体験したことや、そのものをこの目で見たという、この時の記憶が本に書いてあることをリアルに裏打ちしました。

 

 

***

 

 

自分のマヤ暦を解き明かしてみました。

伝統カバラ・「生命の樹」と重なるような、とても興味深い結果が導き出されました。

これまで、ジュエリー作家として揺るぎない意志で制作してきました。

そこは今も何一つ変わることはないままに、

ここへきて「自分自身を知ることの大切さ」を私自身が体験しています。

これまで経験してきたひとつひとつの出来事が、自分の中で腑に落ちるのです。

 

 

そして。

不思議なことに、「カバラ」というものに初めて触れるのに、なぜか私の中では”知っている”感覚なのです。

・・・「作品を生み出すこと」がすでに「カバラの奥義」に通じているのかもしれません。

 

 

 

 

 

~VAMOS A NUEVO EL MUNDO~

 

 

 

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 *「Otra Simpatica」のページにアクセスするにはパスワードが必要です。

気になる方は、どうぞお問い合わせくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016/09/22

10月*オープンアトリエ スケジュール

[Open Atelier * Octubre de 2016]

 

10/14(金)・15(土)・16(日)

10/28(金)・29(土)・30(日)

(6日間)
11:00~18:00

「完全予約制」とさせて頂きます


ご来場の際は
ご希望の日時をメール・電話で事前にご予約ください


当日のご予約は電話でお願いいたします
(TEL:090-3690-3239)


お手数おかけしますが、よろしくお願いいたします


***


◇作品のご購入
◇ご購入されたジュエリー作品のアフターケア&メンテナンス
◇オーダージュエリーのご依頼

[Order Jewelry]
*ルース(裸石)をセレクトして制作
  *お持ちのルースから制作
  *使わなくなったジュエリーからのリフォーム
                     ・・・etc
  どうぞ、お気軽にご相談ください


***

 

ようやく秋めいてきて、

ファッションに合わせてジュエリーも楽しめる季節です。

気になる作品がありましたら、色々とフィッティングしてみてくださいね。

 

皆さまのご来場をお待ちしております。


(*^-^)


ジュエリー作家 吉田りえ


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入ってみたら、にゃんだか妙に落ち着く場所だニャ~♪

by/クイクイルコ

2016/09/01

Rie’s Episode:3

~ジュエリー作家になるまで~

 

そもそもジュエリーの道へ進んだのは

「彫金」の技術を習得したい、というものからでした。

というのも、

”メキシコ展”で買い付けた銀製品のメンテナンスや、パーツなどの加工が必要になることがあり、母は修理加工をお願いできる人を探すのに苦労していたからです。

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勉強するよりも、絵を描くことやモノ創りが好きだった私。

ごくごく軽い気持ちで「自分でできるようになれば」と思い、高校卒業後”宝石専門学校”へ進みました。

ジュエリーデザイン科へ入学しましたが、その授業では制作する授業が少なく・・・技術を習得できないと判断した私は、途中でジュエリーメーキング科へ変更。

通常は2年で卒業となる同学年の人たちより、1年ほど多く彫金技術を学び、あるジュエリーメーカーのデザイン室に就職しました。

クラフトマンに受注することもありましたが、当初から自分でデザインしたジュエリーの原型制作もこなしていました。

 

 

 

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時代はバブル全盛期。入社1年目でもデザインしたジュエリーはすぐ商品化され、ブランドとして某百貨店の売り場に並べられていきます。

ファッション誌に掲載されたリングなどは、その日のうちに買いに来る人たちで対応に追われるのです。

まだ週休二日制は導入されていない時で、朝から夜中近くまで働く日々が続き・・・

そんな中、同じ専門学校を卒業して、1年早く入社していた同僚が自殺します。

同い年の人が自らの命を断ったことのショックは大きなものでした

彼女は鬱病だった、と後から知りました。

まだ「心療内科」などというのはは聞いたこともなく、いわゆる「精神科」へ行くことは隠す時代でした。

しかし、一人の人間が死んだというのに、会社の人たちは誰一人としてそのことを深く気に留める人はいない・・・。

ただただ忙殺される仕事量をこなす日常は変わらず、ほとんどの人たちがまるで臭い物に蓋をするような言動に私は混乱しました。

このことがきっかけとなり、会社内の人間関係や「大量生産」というシステムに疑問を持ち・・・

結局、1年足らずで退社を決めたのでした。

 

 

  

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そしてー

しばらく悩む日が続き・・・

ふと、「そうだ。個展をやろう」と思いつき、当時まだ全棟あった表参道の同潤会アパートのあるギャラリーに予約を入れます。

いくつかのアルバイトを掛け持ちしながら、作品を創りためていき、1年後それを実現しました。

 

ここから、年2回もしくは3回の個展をしていく活動が始まります

 

思えば、過酷な毎日だったかもしれないのですが・・・

個展を開催するごとに顧客となってくださる方々との出会い。

そして、この頃から色々なジャンルの先輩芸術家たち(画家・陶芸家・ガラス作家・版画家・・・etc)との出会いがあり、今でもつながっている大切な存在です。

 

本当に、たくさんの方たちのあたたかい気持ちに支えられてここまで続いてきました。

個展を始めた頃は、「○○作家」などという言葉はよく知らず、そんな概念もありませんでしたが・・・

気づけば、今はこうしてアトリエを持ち、知らず知らずのうちに「ジュエリー作家」になっていた私なのでした。(笑)

 

 

 

 

~Atelier  Simpatica~

 

 

 

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~EXHIBITION IN GALLERY MODESTE~

 

 

 

 

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