2018/01/18

Rie’s Episode:6~石の声2~

 
 
 
改めて「石」の「意志」を心から実感した不思議な出来事もありました。
 
 
 
 
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私は、その年の”夏のジュエリー展”のために根を詰めて制作していたことがたたって、気づけば両手はひどい痛みで腱鞘炎になっていました。
展示会が終わってからは治療に専念し、両手はギプス状態で何もできない日々を過ごしていました。
そんなある日、いつも行くお花屋さんから電話がきたのです。「吉田さん、2度目で悪いんだけど、もう一度だけ確認して欲しいと言われて・・・」
その話は、確かに去年も訊かれたことでした。
それは・・・そのお花屋さんに来る常連客のKさんという方から「亡くなった奥さんの石のコレクションを譲り受けて欲しい」というものでした。
最初にお話を頂いた時、私は「見ず知らずの人から譲り受けるなんて」「しかも素人の人が集めた石を?(←コレ、今から思うととても傲慢なのデス・・・汗)」という複雑な思いが浮かんで、そのときはスケジュール的に忙しかった時期でもあり、深く考えもせずその場でお断りしました。
それから1年経って、同じ話がもう一度きたのでした。
お花屋さんも自分の仕事で忙しいはずなのに、わざわざまた電話をかけてくるなんて「よっぽどのことなんだな」と思った私は、両手ギプスでまったく仕事ができない状態だったこともあり、「そうなんですね・・・じゃ、その方に連絡してみます」と答えました。すぐ教えてもらった連絡先に電話をして、Kさんと会うことになったのです。
 
翌日。
会いに行った場所は”ケア付き老人ホーム”でした。受付を済ませて中へ入ると・・・
そこは、まるで会員制高級ホテルのようでした。広いロビーにゆったりしたソファ、天井は高く明るくて、窓辺にはいくつかの台がありビリヤードを楽しんでいるおじいさんたちがいるのです。そうした場所に初めて足を踏み入れた私は、想像していたのと全く違うことに驚いてしまいました。
びっくりしてボーっと立っていた私に一人のおじいさんが「吉田さんですか?」と声を掛けてきました。
こうして、Kさんと対面し、応接室に通され、亡くなった奥さんがコレクションしたというルース(裸石)を見せてもらうことに。
Kさんは「石をお見せする前に、これを差し上げます」と言って1冊の本を私に手渡しました。その本には「しずこの俳句」と題名が書かれていました。
それは奥さんの趣味だった俳句や詩、イラストやデッサン、油絵、また刺繍などの作品を1冊の本にまとめたものでした。
その中には、これから見せてもらうことになっているルースのコレクション写真もありました。
終わりの方のページには、しずこさん自身の写真と最後にプロフィールが載っていました。読むと”昭和〇〇年 文部事務次官退職”との文字が。「あら~、そういう人だったのか・・・」と思い、この場所に納得いくような気持になりました。
写真のしずこさんはとても上品で落ち着いた静かな雰囲気の、でもどこか凛とした空気を放つ女性でした。
 
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そして、Kさんはテーブルの上に重ねてあった箱を開けて、奥さんのコレクションした石を見せてくれたのです。
私は「これが、しずこさんが集めた石なんだ・・・」と思いながら見入ってしまいました。
それは、ほとんどが半貴石と呼ばれるものでした。すべてのケースには、しずこさん自身が書いたであろうと思われる字で、丁寧に石の名前や特徴、採取地などが記されていました。
中には名前だけは聞いたことがある、といっためずらしい石もありました。コレクションは”宝石”と呼ばれる石は少なく・・・本当に石が好きな人が集めたというものでした。
Kさんはこれまでもあちこち譲り受けてくれそうな業者などを探したらしいのですが、「宝石じゃないから引き取れない」って言われ困っていたようでした。
でも目の前にある石たちは、まさに私の作品にぴったりとくるものばかり・・・!
「どうですか?譲り受けてくれますか?」と言われ、私は「はい、ぜひ。」と答えていました。
 
こうして、しずこさんのコレクションを譲り受けた私は、その年の秋に控えている個展の新作をこの石たちで創ってみようと思いました。
 
 
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新作ジュエリーに取り掛かるとき、まず最初にするのはルースを選ぶこと。・・・というより、石の声を聴くことから始めます。
ルースの入ったケースをすべて並べて、静かに見渡しながらスーッと感覚を研ぎ澄ますと、「作品になりたい!」という石が意思表示をするのです。それをチョイスしていくことが創作の第一段階。
その後、デザインしていく時にも選んだ石たちの声を聴いていきます。これは、Episode:5に書いた通りです。
だいたいが何も考えず無意識に描いた最初のデザインが基本となり、そこから納得いくまでパターンを何通りも描いていきます。
スケッチブック数ページになることもあれば、早々と決まる時もあります。デザインが決まる瞬間のピタッとくるその感覚はとても不思議で、「これだ!」という揺るぎない感覚になるもの。それがきっと「石の声」なのでしょう。
”ジュエリー展”として新作ペンダントを発表する数は、近年おおよそ5点~10点。こうした感覚でひとつひとつデザインしていくと、不思議なことにその時々の新作シリーズに共通するデザイン性が決まるという流れになるのでした。
 
しかし、それは私がこれまで好きで買い付けた石たちを扱ってきた手法。
しずこさんが集めた石たちを同じ方法で選んでみましたが、「本当にそうかな?」という疑問が少し残りました。
そこで、個展を企画してくれたギャラリーのオーナーにも訊いてみることに。
私が選び出した石と共にいくつかの石をランダムに加えて持って行きました。その石たちを並べて、オーナーに「気になる石を4つ選んでください」と頼みました。
新作は5つ創作する予定でした。DMにする作品はすでに完成しているので、あと4つなのです。
オーナーは「なに、なに?吉田さん?」と言いつつも、男性らしくとても冷静に真剣に選んでくれました。
すると・・・!私が選んだ石とまったく同じ4つをチョイスしたのです。
これには、本当に驚きました。でも心のどこかで「やっぱり・・・!」という思いもありました。
中には、制作するのに少々手が掛かるであろうと思われる石もありました。私なら絶対に買い付けないカットの石です・・・。
「でも観念しないとな~」と思った瞬間をよく覚えています。(笑)
そう。やっぱり「石」の「意志」はあるのです。
                                                    
 
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その秋の個展ではしずこさんの石たちを使った新作ジュエリーを発表しました。
KさんにはDMに「譲り受けた石たちを使いました」と書き、お知らせだけするつもりでご案内しました。
すると、思いがけずギャラリーに来てくれたのです。あのホームからは遠い場所にあるギャラリーだったので、私はびっくりしました。でも、びっくりしていたのはKさんの方でした。
「吉田さん、まさかこんなに早く作品にしてくれるとは思っていませんでした。実は、明日は妻の十七回忌なのです」と言われ、今度は私の方がさらにびっくり・・・!
Kさんは「法事に集まってくれる人たちに見せたい」と、しずこさんの石で創ったジュエリーの写真を撮って帰られました。
 
 
 
 
 
この出来事は、私の中でも心に強く残る経験になりました。
実は制作していた時、しずこさんの気配を感じることがあったのです。それはとてもワクワクしている様子で作業台のそばにいて、「次はどうなるの?」と言いながら、制作していく工程を見られているような感じでした。
この時の新作のデザインはどれもスッと早々描けたのですが、とても手がかかる工程が多く、普段と違うエネルギーを使っている感覚でした。それでも忠実に丁寧にひとつひとつデザイン通りに制作していきました。
この時、自宅へ帰る度に、その頃まだ生きていたセニョーラヒロコに、「りえ、なんだかやつれて〝鶴の恩返し”の”おつう”みたいよ。大丈夫?」と言われるほど。「おつうって!?でも、まさに。創る姿は見ないでください・・・って感じだよ。(泣笑)」と、自分でも毎日ヘトヘトになっていたのを覚えています。
 
 
 
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後日、お花屋さんにKさんが個展を観に来てくれたこと、そして奥さんの十七回忌だったことを話すと、カラッとしているキャラクターのお花屋さんに「それは、いい供養になったね~!吉田さん!」とサクッと言われ、「なるほどね・・・(苦笑)」と思った私。
 
 
改めて、しずこさんの思いと、石たちの「意志」に素直に従って動いた自分を認識しました。
後になって思えば・・・このことは、未来の私=現在の私へとつながる大切な出来事のひとつになったのでした。
 
 
 
 
 
~Pensamiento de piedra~
 
 
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しずこさんがコレクションしたルースで創作した作品だけの個展をすることが、人生の目標のひとつになりました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2018/01/11

Rie’s Episode:5~石の声~

 

 
 
 
いつの頃からでしょう・・・
石の声が聴こえるようになったのは。
 
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駆け出しの頃は、SILVERオンリーの作品を主に創作していました。
思い描いたデザイン通りの造形を”彫刻”のよう削り出していくことが面白く、ワックスを使ったキャスト技法ばかり夢中になって制作していました。
会社員だったデザイナー時代の商品も、どちらかというとそうしたジュエリーが多かったと思います。
それがいつしか、こうして石の声を聴いて創作することになっていくとは自分でも思っていませんでした。
 
 
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思い起こせば・・・
母のメキシコ買い付け旅行へ同行する度に、様々なルース(裸石)との不思議な出会いが起こるようになり、自然と買い付けをするようになっていきました。
 
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例えば、ある街を歩いていて、軒先にTシャツが飾られている普通のお土産モノ屋さんがあって、そのTシャツが可愛くて買おうと店に寄ると私に合うサイズがなく・・・。でも、なんだかお店の奥が気になり入っていくと、まさかのルースのショーケースが!そこで、とても美しいファイアーオパールを思いがけず買うことができたり。
 
メキシコでは独立記念日が近づくと、街の中心にあるソカロ広場はとても賑わいます。地方から出てきた先住民たちが特産品を持って集まってくるようで、普段は見ることができない様々な工芸品でソカロは溢れかえってました。その中で、石ばかりが並べられている場所に偶然通りかかり、とてもめずらしいカット研磨されていいるオニキスと出会ったり。
   
 
また、かつて銀が産出されたTAXCOという街では、銀製品とルースを扱っているお店の女店主と「オパールがどれだけ好きか」という話で盛り上がりました。
すると、彼女は「これは誰にも売らないのだけれど」と言いながら、裏からとてもめずらしい色のオパールを出してきて見せてくれたのです。
それは、今まで見たことがない色のオパールでした。黒い布の上に石を置くと発光するような深い紫色に、白い布にすると淡いラベンダー色になるのです。
不思議な遊色を持つそのオパールを見れただけで私は満足していました。しかし、話の流れで私がジュエリーを創っていることを知ると、彼女は「あなたが自分自身のために創るなら」とそのオパールを売ってくれることになったのです。
作品ができたら見せにくるという約束をして。
3年後、そのオパールで創ったペンダントを持って再びそのお店へ行くと・・・なんと女店主はガンで亡くなってしまっていました。そのとき彼女によく似た娘さんが対応してくれました。作品を見せると、「あぁ、このオパール!あなたの元へいったの?」とびっくりしていましたが、私も心の中で驚いていました。
今でも時々このペンダントを身に着けるのですが、不思議なのはそれを見る人は必ずそのオパールに釘付けになるので、遊色のパターンを見せながら、このオパールを買うことになったエピソードを話すことになるのです。話す度にあの女店主を思い出し、このオパールが自分のものになった不思議を実感するのでした。
 
   
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そうした不思議な流れが次々と起こり、メキシコでは本当にたくさんの石たちと出会っていきました。
大好きなメキシコオパールはもちろんのこと、母岩付きオパール、鮮やかなブルーのラピスラズリ、化石のようなめずらしいターコイズ。特に、*オプシディアンはさすがマヤ文明の国。大きくて色々な種類のオプシディアンを手に入れることができました
こうして、手元には気に入った石がどんどん集まってきて、作品は自然にだんだんと石に合わせたものへと変化していきました。
 
 *オプシディアン(=黒曜石)は硬度があり、古代ではナイフや矢じりの先に使われていました。マヤ文明だけでなく、日本でも同じ文化があったようです
 
 
 
 
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ジュエリー作家としての私にひとつの転機が訪れたのは2002年のことでした。
私は育った八王子で再び暮らすことになって3年が過ぎていました。大人になった目線で過ごすととても新鮮で、子供の頃にはわからなかった街の魅力が見えてきました。
中でも気に入った場所が「多摩御陵・武蔵陵」の辺りでした。欅並木の参道や浅川沿いに続く桜の木々。石造りの橋からは高尾山と連なる山々が望めます。そこへ犬と一緒に散歩にいくことがとても良い気分転換になり、事あるごとにそこへ出かけていきました。
すると・・・色々な偶然が重なり、欅並木参道沿いの一軒家をアトリエとして借りられることになったのです。
都立公園に隣接するその家は、大きな木々に囲まれ、窓から見える景色は美しく、まるでどこか別荘地の山の中にいるような気分になりました。
そのあたり一帯が鳥獣保護区になっているので、庭にはたくさんの鳥たちや色々な動物が現れました。
そして、夜にはフクロウの声が聴こえてきて、木の上にはトトロがいるんじゃないかと思うような(笑)・・・街でありながら、本当に自然の中にいることを感じられる家でした。
そこで2Fをアトリエに。1Fはカフェギャラリーにして、美味しいお茶を飲みながら景色とジュエリーを楽しんでもらえる空間にしました。
 
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思えば・・・8年間過ごした自然を感じられるその環境が、創作していく感性に大きく変化をもたらしていったように感じるのです。
 
 
まず、石に合わせてデザインしていく、という感覚が磨かれていきました。
選んだ石を前にして、「どうなりたいの?」と訊ねるような感じです。
スケッチブックにパターンを描いていきますが、「これだ!」というぴったりのデザインが決まる感覚は、この自然に囲まれたアトリエで培われたように思うのです。
”自分は自然のリズムの中で生きている”ということを感じられた環境の中で得られた感覚なのかもしれません。
それは、とにかく心を静めて、自分を透明にして、”石の声を聴いてデザインする”ということへとつながっていきました。
この感覚は今でも揺るぎないものとして、デザインする度にどんどん自分が透明になっていってるような気がします。
 
 
そして、もうひとつの貴重な体験。
初めて「石」の「意志」をはっきりと感じた一場面は、今でもはっきり覚えています。。
 
その日、私はレインボーオプシディアンのペンダント制作に取り組んでいました。
黒曜石の中でも、光をあてると角度によって黒い表面に七色の遊色が浮かび上がる美しい石です。
あるギャラリーの企画した個展に向けて制作していましたが、プライベートでは当時つきあっていた彼が病気になって少し大変な時でした。
昼間は看病していたため制作する時間が足りなくなり、夜またアトリエに戻り制作していました。期日が迫っていたので、気持ちは焦っていたと思います。
ちょっとデザイン通りにいかない部分があったのですが、やり直す時間を惜しんでしまった自分がいて、なんとかこのままやってしまおうと無理やり制作を進めていたら・・・次のバーナーワークの瞬間、すべて崩れてしまったのです。
ほんの一瞬の出来事でした。私はしばらくバーナーの火を消すこともできないまま、崩れてしまった作品を見つめていました。
動揺している気持ちがありながらも、どこか冷静な自分がいて、「あ、石がそうなりたくない!」「本当のデザイン通りに丁寧に創って欲しい!」と言っている・・・、と直感的に深く感じたのでした。
 
この経験は、私にとって”自分のエゴを創作に入れていけない”ということを学んだものになったのです。
 
 
 
 *
 
 
 
 
この時を境に、どんなに時間との闘いになっても心の平静を保って「石の意志通りに創作する」ということをいちばん大切にして制作していくようになりました。
 
 
私は私が作品を創っているのではなく・・・
「私」という彫金ができるようになった「道具」として、「石」の「意志」を叶えてジュエリー作品にし、そのジュエリーを必要とする人たちとの架け橋になるべく創作しているのかもしれない、と思うようになりました。
 
 
 
 
 
~TRABAJAR  ANTES~
 
 
 
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     ~¡ MUCHAS GRACIAS ! ~
 
 
 
2017年はAtelier Simpatica設立15周年でした。
たくさんの方々からお祝いしていただきました。
 
 
 
 
 
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 ありがとうございます!
これからもずっとずっと”透明な気持ち”で創作していきます~
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2016/09/22

Rie’s Episode:4

~[Otra Simpatica]って?・・・そのヒント~

 

 

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これは樹齢2000年と言われる巨木「トゥーレの木」。メキシコのオアハカ地方にあります。

 

昨年の一周忌に、ミトラ遺跡へセニョーラヒロコの遺言を果たしに行った時、久しぶりにこの木に会ってきました。

近くに水源はないのにもかかわらず、2000年以上生きているという不思議な木・・・。

そのため、トゥーレの木は「生命の樹」とも呼ばれています。

 

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地元の人の言い伝えでは、同じ敷地内に教会があることで聖なる土地であるとされ、この地下深くには聖なる水が湧いている、と言われています。

(教会と比べてみると大きさがわかります)

 

メキシコで「生命の樹」のオブジェは、昔は儀式用多色陶器として創られたようですが、現在ではポピュラーなお土産モノとしても売られていています。
(かの岡本太郎さんもお持ちで、アトリエだった青山の記念館にも大きなものが飾られています。あの”太陽の塔”の内部には「生命の樹」がありますね~)

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「あぁ、オブジェ買ってくればよかったな・・・」と、帰国後なんとなくネットで色々とみているうちに知った、「生命の樹」の図形。

そこから偶然、札幌在住の”伝統カバラ・生命の樹”研究家・小西温子さんと出会いました。

 

 

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この図形からわかること。

それは、自分自身で決めてきた人生の地図(青写真)「ブループリント」だといいます。

こうして、私は自分の「生命の樹」を知ることに・・・。

頭で理解する、というよりストンと自分の中へ落ちた感覚。

改めて、自分自身を再確認したのでした。

 

***

 

昨年、セニョーラヒロコの遺品整理をしていて出てきた「マヤ暦」。

 

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 どうやら、最後のメキシコ旅行の時、CECIJEMAというセンターへ依頼して、彼女自身のものと私のマヤ・カレンダーを作ってもらったようです。

(住所をみるとユカタン半島なので、たぶんどこかのマヤ遺跡の近くにあるのでしょう)

当時、旅行から帰ってきた時にきっと手渡してくれたのだと思うのですが、他にもたくさんあったお土産に埋もれていたのか・・・

まったく記憶になくて~!(・・・ごめんね、お母さん!泣笑)

見つけたときは本当にびっくりしました。

 

詳しいことを訊きたくても、もうそれは叶わない・・・。

 

ですが。

セニョーラヒロコが集めた本がたくさんあることに気づきました。

 

 

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読み解く鍵は残されていました。

 

***

 

そして、2016年。セニョーラヒロコ三回忌の命日。

房総半島に住む、芸術家ご夫妻の今井俊さん、みちるさんと一緒に過ごしました。

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翌朝、3人で海辺を散歩していたら、空に大きなケッツァールが飛んでいました。

その雲は流れることなく、しばらくの間ずっとカタチをとどめていて。

セニョーラヒロコが「ここにいるよ!」と合図しているような気がしました。

(*ケッツァール:中南米のジャングルに棲む世界一美しいといわれる鳥)

 

ご夫妻は、かつて1970年代にメキシコへ渡り、その後アメリカに移住。

その間、幾度となくメキシコ各地の村々を訪れていたということで、先住民族の文化・歴史・風習を深く知る方たちです。

 

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マヤ先住民独特の世界を版画や造形作品にされていて、絵本を何冊も出されています。

 

セニョーラヒロコも同じ時代のメキシコを旅していたということで、生前は会うたびにメキシコやマヤ文明の話が尽きないものでした。

この日も色んな話が尽きず、そのうちにカバラ・「生命の樹」の話となり・・・

そして、このタイミングで知った「マヤの生命の樹」。

 

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”マヤの生命の樹”は「セイバの木」だと言われている、ということ。

お2人はいつも大切なことをさりげなく、惜しみなく教えてくれるのです。

俊さんに教えてもらったある本を探して読んでみれば・・・

それは、古代マヤ先住民族に伝わるシャーマンの儀式やマヤ暦について書かれているものでした。

読み進めるうちに、遥か彼方にあった記憶が甦りました。

 

~1995年、ある雑誌とテレビ番組の共同企画で、何故か行けることになったグアテマラでの出来事~です。

テレビの撮影ということで、普通なら行けない場所へ行ったり、できないことを経験しました。

例えば、ティカル遺跡にテントを張って一晩過ごしたこと。

例えば、マヤの女性シャーマンから儀式を受けたこと。そこで起きた不思議な現象。

はたまた、馬に2時間も乗って行った、グアテマラの奥深い森で一晩キャンプしたこと。

さらに森の奥にある洞窟へ行き、そこで儀式跡をみつけたり、古代人が描いた壁画を実際に見たこと。(*その壁画は紀元前のものだった、と後に判明)

他にも色々なめずらしい体験をしました。

その中で思い出したのは、そのジャングルには鋭い棘で覆われた「若いセイバの木」が多く存在していたこと、でした。

実際に体験したことや、そのものをこの目で見たという、この時の記憶が本に書いてあることをリアルに裏打ちしました。

 

 

***

 

 

自分のマヤ暦を解き明かしてみました。

伝統カバラ・「生命の樹」と重なるような、とても興味深い結果が導き出されました。

これまで、ジュエリー作家として揺るぎない意志で制作してきました。

そこは今も何一つ変わることはないままに、

ここへきて「自分自身を知ることの大切さ」を私自身が体験しています。

これまで経験してきたひとつひとつの出来事が、自分の中で腑に落ちるのです。

 

 

そして。

不思議なことに、「カバラ」というものに初めて触れるのに、なぜか私の中では”知っている”感覚なのです。

・・・「作品を生み出すこと」がすでに「カバラの奥義」に通じているのかもしれません。

 

 

 

 

 

~VAMOS A NUEVO EL MUNDO~

 

 

 

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