2016/09/01

Rie’s Episode:2

~メキシコとわたし~
 
 
私の母は”マヤ文明”に魅せられ、メキシコに情熱を捧げた人生でした。
 
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彼女が高校生の時。
歴史の授業で、たまたま先生の話が横道へ逸れて”マヤ文明”のことになった時、まさに「雷に打たれたようになった!」そうで。
「絶対にメキシコへ行こう!」と決心したと言います。
 
そして月日は流れ~。
1975年ー彼女は単身メキシコへ旅立ちます。
まだ成田空港は存在せず、羽田空港から出発という・・・1ドル¥360の時代です。
その頃の写真を見るとテオティワカンは荒野に佇む姿。
彼女は念願だった”月と太陽のピラミッド”へ登り、
そして、各地の民芸品産地へ足を運び、銀製品・革製品・織物・陶器などを買い付けました。
 
 
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帰国後、ギャラリーで”メキシコ展”なるものを企画開催します。
その頃はまだ輸入品がめずらしかったせいか、初めての”メキシコ展”は大盛況。
1週間の開催予定が3日間で品物を完売してしまったといいます。
そんな活動を約40年間、会社勤めと並行して続けた母なのでした
 
 
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そうしたことから・・・
物心ついたときにはメキシコは身近にありました。
家の中にはサラッペ(ビビットなカラー配色の布)やソンブレロが普通に飾られ、トリオ・ロス・パンチョスの音楽が流れ、時には食卓にタコスが登場するのです。
それが普通のことだったので、少し変わった家庭環境であることを自覚したのは高校生になってからという・・・。(気づくのが遅いよ!笑)
とはいえ、私が初めてメキシコを訪れたのは20代半ばでした。
ジュエリーデザイナーとして勤めていた会社を辞めた、人生の転換期のことです。
ちょうどその頃、母と親しくしていたメキシコ人女性が語学学校を設立しました。
そこで、一般的なメキシコ人家庭のホームステイを経験しながら、短期間の語学留学をしました。
その後、スペイン語を少し覚えた私は、何度か母の買い付けの旅にも同行することになります。
いろんな工芸品・・・陶芸工房や織物工房、ガラス工房、銀細工、木工細工などあらゆる創り手と会い、仕事場を見て歩きました。
 
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そして、テオティワカン、チチェンイッツァ、ウシュマル、カバー、パレンケ、トゥルム、モンテアルバン、ミトラ・・・etc
メキシコ各地のマヤ遺跡へ数えきれないくらい足を運びました。
この時目にした様々な風景、先住民族の姿、彼らの生み出す様々なアーティスト的な工芸品、そしてマヤ遺跡のレリーフ。
幼い頃から家で日常的に見ていたものを直接肌で感じたことが、知らず知らずのうちに私の深い部分でのベースになっているのかもしれません。
 
 
今から思えば、この時の約10年・・・頻繁に訪れたメキシコで過ごした時間が私にとってはとても貴重なものだった、ということを感じています。
 
 
 
 
 
 
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¡ Adios Sra.Hiroko !