2018/01/11

Rie’s Episode:5~石の声~

 

 
 
 
いつの頃からでしょう・・・
石の声が聴こえるようになったのは。
 
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駆け出しの頃は、SILVERオンリーの作品を主に創作していました。
思い描いたデザイン通りの造形を”彫刻”のよう削り出していくことが面白く、ワックスを使ったキャスト技法ばかり夢中になって制作していました。
会社員だったデザイナー時代の商品も、どちらかというとそうしたジュエリーが多かったと思います。
それがいつしか、こうして石の声を聴いて創作することになっていくとは自分でも思っていませんでした。
 
 
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思い起こせば・・・
母のメキシコ買い付け旅行へ同行する度に、様々なルース(裸石)との不思議な出会いが起こるようになり、自然と買い付けをするようになっていきました。
 
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例えば、ある街を歩いていて、軒先にTシャツが飾られている普通のお土産モノ屋さんがあって、そのTシャツが可愛くて買おうと店に寄ると私に合うサイズがなく・・・。でも、なんだかお店の奥が気になり入っていくと、まさかのルースのショーケースが!そこで、とても美しいファイアーオパールを思いがけず買うことができたり。
 
メキシコでは独立記念日が近づくと、街の中心にあるソカロ広場はとても賑わいます。地方から出てきた先住民たちが特産品を持って集まってくるようで、普段は見ることができない様々な工芸品でソカロは溢れかえってました。その中で、石ばかりが並べられている場所に偶然通りかかり、とてもめずらしいカット研磨されていいるオニキスと出会ったり。
   
 
また、かつて銀が産出されたTAXCOという街では、銀製品とルースを扱っているお店の女店主と「オパールがどれだけ好きか」という話で盛り上がりました。
すると、彼女は「これは誰にも売らないのだけれど」と言いながら、裏からとてもめずらしい色のオパールを出してきて見せてくれたのです。
それは、今まで見たことがない色のオパールでした。黒い布の上に石を置くと発光するような深い紫色に、白い布にすると淡いラベンダー色になるのです。
不思議な遊色を持つそのオパールを見れただけで私は満足していました。しかし、話の流れで私がジュエリーを創っていることを知ると、彼女は「あなたが自分自身のために創るなら」とそのオパールを売ってくれることになったのです。
作品ができたら見せにくるという約束をして。
3年後、そのオパールで創ったペンダントを持って再びそのお店へ行くと・・・なんと女店主はガンで亡くなってしまっていました。そのとき彼女によく似た娘さんが対応してくれました。作品を見せると、「あぁ、このオパール!あなたの元へいったの?」とびっくりしていましたが、私も心の中で驚いていました。
今でも時々このペンダントを身に着けるのですが、不思議なのはそれを見る人は必ずそのオパールに釘付けになるので、遊色のパターンを見せながら、このオパールを買うことになったエピソードを話すことになるのです。話す度にあの女店主を思い出し、このオパールが自分のものになった不思議を実感するのでした。
 
   
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そうした不思議な流れが次々と起こり、メキシコでは本当にたくさんの石たちと出会っていきました。
大好きなメキシコオパールはもちろんのこと、母岩付きオパール、鮮やかなブルーのラピスラズリ、化石のようなめずらしいターコイズ。特に、*オプシディアンはさすがマヤ文明の国。大きくて色々な種類のオプシディアンを手に入れることができました
こうして、手元には気に入った石がどんどん集まってきて、作品は自然にだんだんと石に合わせたものへと変化していきました。
 
 *オプシディアン(=黒曜石)は硬度があり、古代ではナイフや矢じりの先に使われていました。マヤ文明だけでなく、日本でも同じ文化があったようです
 
 
 
 
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ジュエリー作家としての私にひとつの転機が訪れたのは2002年のことでした。
私は育った八王子で再び暮らすことになって3年が過ぎていました。大人になった目線で過ごすととても新鮮で、子供の頃にはわからなかった街の魅力が見えてきました。
中でも気に入った場所が「多摩御陵・武蔵陵」の辺りでした。欅並木の参道や浅川沿いに続く桜の木々。石造りの橋からは高尾山と連なる山々が望めます。そこへ犬と一緒に散歩にいくことがとても良い気分転換になり、事あるごとにそこへ出かけていきました。
すると・・・色々な偶然が重なり、欅並木参道沿いの一軒家をアトリエとして借りられることになったのです。
都立公園に隣接するその家は、大きな木々に囲まれ、窓から見える景色は美しく、まるでどこか別荘地の山の中にいるような気分になりました。
そのあたり一帯が鳥獣保護区になっているので、庭にはたくさんの鳥たちや色々な動物が現れました。
そして、夜にはフクロウの声が聴こえてきて、木の上にはトトロがいるんじゃないかと思うような(笑)・・・街でありながら、本当に自然の中にいることを感じられる家でした。
そこで2Fをアトリエに。1Fはカフェギャラリーにして、美味しいお茶を飲みながら景色とジュエリーを楽しんでもらえる空間にしました。
 
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思えば・・・8年間過ごした自然を感じられるその環境が、創作していく感性に大きく変化をもたらしていったように感じるのです。
 
 
まず、石に合わせてデザインしていく、という感覚が磨かれていきました。
選んだ石を前にして、「どうなりたいの?」と訊ねるような感じです。
スケッチブックにパターンを描いていきますが、「これだ!」というぴったりのデザインが決まる感覚は、この自然に囲まれたアトリエで培われたように思うのです。
”自分は自然のリズムの中で生きている”ということを感じられた環境の中で得られた感覚なのかもしれません。
それは、とにかく心を静めて、自分を透明にして、”石の声を聴いてデザインする”ということへとつながっていきました。
この感覚は今でも揺るぎないものとして、デザインする度にどんどん自分が透明になっていってるような気がします。
 
 
そして、もうひとつの貴重な体験。
初めて「石」の「意志」をはっきりと感じた一場面は、今でもはっきり覚えています。。
 
その日、私はレインボーオプシディアンのペンダント制作に取り組んでいました。
黒曜石の中でも、光をあてると角度によって黒い表面に七色の遊色が浮かび上がる美しい石です。
あるギャラリーの企画した個展に向けて制作していましたが、プライベートでは当時つきあっていた彼が病気になって少し大変な時でした。
昼間は看病していたため制作する時間が足りなくなり、夜またアトリエに戻り制作していました。期日が迫っていたので、気持ちは焦っていたと思います。
ちょっとデザイン通りにいかない部分があったのですが、やり直す時間を惜しんでしまった自分がいて、なんとかこのままやってしまおうと無理やり制作を進めていたら・・・次のバーナーワークの瞬間、すべて崩れてしまったのです。
ほんの一瞬の出来事でした。私はしばらくバーナーの火を消すこともできないまま、崩れてしまった作品を見つめていました。
動揺している気持ちがありながらも、どこか冷静な自分がいて、「あ、石がそうなりたくない!」「本当のデザイン通りに丁寧に創って欲しい!」と言っている・・・、と直感的に深く感じたのでした。
 
この経験は、私にとって”自分のエゴを創作に入れていけない”ということを学んだものになったのです。
 
 
 
 *
 
 
 
 
この時を境に、どんなに時間との闘いになっても心の平静を保って「石の意志通りに創作する」ということをいちばん大切にして制作していくようになりました。
 
 
私は私が作品を創っているのではなく・・・
「私」という彫金ができるようになった「道具」として、「石」の「意志」を叶えてジュエリー作品にし、そのジュエリーを必要とする人たちとの架け橋になるべく創作しているのかもしれない、と思うようになりました。
 
 
 
 
 
~TRABAJAR  ANTES~
 
 
 
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     ~¡ MUCHAS GRACIAS ! ~
 
 
 
2017年はAtelier Simpatica設立15周年でした。
たくさんの方々からお祝いしていただきました。
 
 
 
 
 
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 ありがとうございます!
これからもずっとずっと”透明な気持ち”で創作していきます~